
「いま、ここ」を生きるという、いちばんやさしくて難しいこと──『嫌われる勇気』岸見一郎・古賀史健
『嫌われる勇気──自己啓発の源流「アドラー」の教え』 著:岸見一郎・古賀史健(ダイヤモンド社)
「人生における最大の嘘、それは『いま、ここ』を真剣に生きないこと」。
この一節に出会ったとき、ページをめくる手がふと止まりました。 過去の後悔を引きずったり、まだ来ていない未来を不安に思ったり。そんなふうに「いま」から目を逸らしている自分に、静かに、でもはっきりと気づかされたからです。
本書は、アドラー心理学に精通する哲学者と、悩みを抱えた青年との対話で物語が進んでいきます。読み始めると、まるで自分がその青年になったような感覚になります。「本当にそんなことが可能なのか」「きれいごとではないのか」と反発しながらも、哲学者の言葉にじわじわと心を動かされていく。その温度感が、読んでいてとても心地よいのです。
対話の中で語られるのは、トラウマの否定、課題の分離、共同体感覚、そして承認欲求との向き合い方。どれも一見すると厳しい言葉に聞こえるけれど、読み進めるうちに、それは「自分の人生を自分で引き受けていいんだよ」という深いやさしさなのだと感じるようになりました。
本書は2013年にダイヤモンド社から刊行され、「勇気の二部作」として続編『幸せになる勇気』とともに世界累計1000万部を超えるベストセラーとなりました。心理学者アルフレッド・アドラーの思想を、日本のアドラー心理学の第一人者である岸見一郎氏と、ライターの古賀史健氏が対話篇という形でわかりやすく紐解いた一冊です。アドラーはフロイトやユングと並ぶ心理学の三大巨匠でありながら、日本ではこの本が出るまであまり知られていなかった存在でした。
この本を読んで強く心に残ったのは、「目的論」という考え方です。人は過去の原因に縛られているのではなく、いまの自分が何らかの目的のためにその感情や行動を選んでいる。そう捉え直すだけで、家族や周囲との関係で感じていたもやもやが、少しずつほどけていくような感覚がありました。
「課題の分離」もまた、日々の暮らしの中で何度も立ち返りたくなる考え方です。相手がどう思うかは相手の課題であって、自分の課題ではない。そう線を引けるようになると、誰かの言葉に必要以上に揺れなくなります。これはスティーブン・R・コヴィーの『7つの習慣』でいう「影響の輪」の考え方にも通じるものがあります。自分が変えられることに集中する。変えられないことには、静かに手を放す。どちらの本も、自分の内側にある「軸」を見つめ直すきっかけをくれるように感じています。
誰かの評価や期待に応えることに疲れてしまったとき。自分がどう生きたいのか、ふとわからなくなった夜。そんなときにそっと手に取ってほしい一冊です。声高に励ましてくれるわけではないけれど、「あなたはあなたのままで、いまここから始められる」と、静かに背中を押してくれます。
読み終えたあと、本を閉じてしばらく動けませんでした。 特別なことは何も起こらない。けれど、自分の暮らしをもう少しだけ丁寧に生きてみようと思える。そういう余韻の残る読書でした。
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